おはようございます。
心理セラピストの
おおのたかゆきです。
いきなりですが、あなたにはこんな経験はありませんか?
- 会議や発表のとき、急に声が震える
- 頭が真っ白になって、言いたいことが飛んでしまう
- 注目されると、体が固まってしまう
- 「目立ちたくない」と、つい後ろの席を選んでしまう
- そんな自分を「弱い」「情けない」と責めてしまう
そう、今日は「あがり症」というテーマでお話ししていこうと思います。
僕の心理セラピーでは、これらのお悩みは全て「ある1つの原因」から起きているものと考えます。
その「原因」とは、《見えてはいけない》という、心の奥にある「ビリーフ(思い込み)」です。
「あがり症」は性格の問題ではありません

あがり症というと、
「気が小さいから」
「メンタルが弱いから」
と思われがちです。
でも、人は気が弱いだけで頭が真っ白にはなりません。
人が「頭が真っ白になる」時は、
『このままでは命が危ない』
といったレベルの警報が心の中で鳴り響いている時です。
つまり、「あがり症」で悩む人の多くは、ただ単に気が弱いのではなく、
「人前に出るのは危険だ」
「目立つと危ない目にあう」
だから・・・
『絶対に見えては(目立っては)いけない』
という強い決断を、過去にしてしまっているんです。
でも、いったいどんな状況でそんな決断をしてしまうのでしょう?
たとえば、子どもの頃に、
・目立ったり、はしゃいだりするとひどく叱られた
・目立ったことで、からかわれたり、いじめを受けた
あるいは、
・家庭内で両親のケンカが激しく、隠れていないと危なかった
こういった経験をすると、
「見える(目立つ)のは危ないことだ」
「目立たないようにしていた方が安全だ」
と、幼い心が、無意識に決めてしまっても不思議ではないでしょう。
でもこれは、幼い心が生き延びるために選んだ、賢い選択でもあったんです。
ところが、幼い頃の決断はその人の生涯にわたって影響を与え続けるものです。
そのため、大人になった今も、その古い警報が、人前に立つたびに鳴り続けてしまうんですね。
だから、頭では平気だとわかっているのに、心と体がひどく怯えてしまう…
そんな矛盾が起きてしまうわけです。
「あがり症は無理だろうな」と諦めていたMさん

以前、僕のセラピーを受けてくださった「40代の女性、Mさん(仮名)」は、こう話してくださいました。
「発表のときに、震えたり、頭が真っ白になって、無言になっていました。正直、あがり症は無理だろうなと諦めていたところもありました。」
長い間、いろいろな方法に時間とお金をかけてこられたそうです。
それでも、解決策が見つからず、諦めていた。
そんなMさんのあがり症の原因を深く見ていくと。
そこには、
『大勢の前で、とても怖い思いをした』
という辛い過去の傷が見えてきました。
プライバシーもあるので詳細はお伝えできませんが、実際に身の危険も感じるような体験でした。
そのため、継続セッションを通して、その時の心の傷を癒やし、同時に、その時にした強い学習や決断(=ビリーフ)を優しく解きほぐしました。
そんなMさんが、継続セッションの終わりに、こう書いてくださいました。
「緊張はするけれど、自分の言いたいことを考えて、言えるようになりました。」
ここで大切なのは、「緊張が消えた」わけではない、ということです。
緊張はしています。でも、乗っ取られていない。
そもそも緊張を全くしない人間なんていないので(プロスポーツ選手ですら、緊張はすると言います)、実はこの状態が、最も自然な状態なんです。
「見えてはいけない」から「見えても大丈夫」へ

あがり症を、気合いや根性で直そうとすると、心の中ではこんなことが起きます。
「見られてはいけない」と思っている自分を、「見られても平気にならなきゃ」と無理やり押さえつける。
すると、警報はもっと大きく鳴ります。
大切なのは、押さえつけることではありません。
まず、気づいてあげることです。
「ああ、私はずっと、見られないようにして、自分を守ってきたんだな」
そして、子どもの頃に決めたその「思い込み」を、今のあなたの言葉で、そっと書き換えていく。
「私は、見えていても大丈夫」
「私は、ここにいていい」
あなたが人前で固まってしまうのは、あなたのせいじゃありません。
隠れていたのは、あなたが弱かったからではなく、あなたが、必死に自分を守ってきたからです。
隠れることは、恥ずかしいことではない。
あなたが生き延びるための、やさしい選択だった。
そして今、その選択を、もう手放してもいい時が来ているのかもしれませんね。
見られるとは、さらされることではありません。
自分が進みたいと思う道を、自分のために堂々と歩くことです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
心理セラピスト おおのたかゆき


