おはようございます。
心理セラピストの
おおのたかゆきです。
先日、SNSを見ていたら、ふとこんな投稿が流れてきました。
「優しい人が損をする世界なのに、また優しくしてしまった……」
何かすごく悲しい投稿だなと思うと同時に、「こんな風に思っている人って、意外と多いんだろうか?」と、すごく気になりました。
あなたはどう思いますか?この世界は、優しい人が損をする世界だと思いますか?
僕の個人的な感覚としては、やっぱり「優しい人はちゃんと得をする世界」になっていると感じています。
成功している方や、人生を幸せに生きている人ほど、周りの人に優しい(それも真似できないほど)イメージがありますからね。
じゃあ、どうして「優しい人が損をする」なんて、悲しいことを感じてしまうのでしょうか?
もしかしたら「優しさ」を勘違いしてるかも

この投稿をした方に何があったのかはわかりませんが、そんな風に感じてしまう理由の一つとして、
『そもそも”優しさ”を勘違いしている』
という可能性があると僕は思っています。
確かに、他人のわがままや失礼な行動などを「全然問題ないですよ」と心から笑って許せるのは、本物の「優しさ」であり、「強さ」でもあると思います。
ただ、それが本当はすごく嫌で、「本当はやめて欲しい」と心の中で思っているのに『ただ”嫌”と言えないだけ』なのだとしたら…
僕はそれは、優しさではなく「弱さ」だと思うんです。
我慢を「優しさ」という言葉で包まないで

「弱さ」なんて言うと、少し厳しく聞こえるかもしれませんね。
でもこれって、心理学的な言葉を使うなら、
「怒りの感情が適切に使えていない」
とか、
「自他の境界線が引けていない(自分を守れていない)」
という状態なんです。
そして、その我慢している状態を、あたかも”正しいこと”のように「優しさ」という言葉で包んでしまうのは、あまりいいことではないかな、と僕は思っちゃいます。
だって、本当はみんな、もっと「嫌だ」って言っていいはずだから。
言えないことや、我慢することを「優しさ」って言ってしまったら、勇気を出して「嫌だ」と断る人が、まるで「優しくない人」みたいになっちゃいますよね。
だからこそ、あえて少し厳しい言葉ですが「弱さ」と表現させていただきました。
「NO」を言って自分を守る「境界線」を引こう

あなたも、間違った「優しさ」のために、自分自身を苦しめていませんか?
もちろん、わざわざ相手を傷つけるような言い方をするのは良くないですが、どうか、これだけは忘れないでください。
『嫌なことには、ちゃんと「NO」と言うこと』
それは、自分を守るための「境界線」を引くということです。
生きていく上でとても大切なことであり、決して「優しくない、悪いこと」ではないんですよ。
まずは小さなことから、「嫌なことは嫌だ」と心の中で認めることから始めてみてくださいね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
心理セラピスト おおのたかゆき


